会社でも学校でもコミュニティーでも、人が集まるとみんなの合意という名の意思が生まれます。それが集団の意思。
集団の意思は、すでにある価値観で固められていることが多く、例えば創業50年の会社なら、創業当時からの社風が集団の意思の基礎になることも多く、それに抗うことは難しい。
新入社員は誰よりも早く職場にきて、掃除をして、お茶だしするのが当たり前で、職場の飲み会を断るなんてあり得ない。それが社風なら常識だと考える社員がいるのは当然です。
これは30年前の常識ですが、今では立派なハラスメントで、そんなことが今では通用しないことは誰だって知っています。
しかし一方で新しい仕組みを導入した会社や組織が次々と誕生し、様々な分野で成果を上げ始めているのも事実です。
モノによっては威力は凄まじく
1つの組織が既存の仕組みを破壊するくらいの影響もあります。
こうなればイノベーションの渦の中にある古い会社や組織は、環境の変化に対応できないと、その役目を終え消滅する運命にあります。
携帯電話が普及する前に世の中に溢れていたポケベルを作っていた会社が、今は存在しないようにです。
仮に、あなたがこのような組織や会社の社員だったらどうでしょう。
家族もいます。
最近買ったマンションのローンもあります。
そんな時に勤め先がいきなり無くなると言われたら
「ハイそうですか」と簡単に納得できますか。
おそらく、納得できないでしょう。
何とかして成果をだして、業績を上げようと考えませんか。でも、その勤め先の業績を支えているのが不効率な方法でしかなく、改善の見込みすらないとしたら。
結局、不効率でも、ハラスメントだと分かっていても、サービス残業だと分かっていても、黙って働いてしまいませんか?
世の中がおかしい。
社会が閉鎖的だと感じているその原因の根本は、
実は、あなたの中にある集団の意思です。